The Line House

Research

旧紅茶プランテーション地域の再生にむけた長屋の保全・利活用手法に関する研究

前田 昌弘(京都大学大学院工学研究科 建築学専攻 助教)

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長屋住民へのヒアリング調査の様子

研究の目的:“負の遺産”からの転換をめざして

スリランカにおける紅茶プランテーション労働者(インド・タミル)の住居である長屋(ラインハウス)は、建設から100年以上が経過し、建物の老朽化が進んでいる。しかし、行政のマネジメント不足や資金不足などにより最低限の補修もままならず、一部では建物の崩壊などもみられる状況である。現地では紅茶プランテーションを植民地時代の”負の遺産”と捉える傾向もあり、長屋はその象徴的な存在である。そのため長屋は、撤去の対象となるか、あるいは大部分が放置されてきたのである。長屋の住民であるインド・タミルはイギリス植民地時代に南インドから移住してきた人々の子孫である。彼らは、スリランカの主要産業である紅茶生産を陰で支え続けてきた人々であるが、現在もスリランカの社会から孤立し、かつルーツであるインドからも遠く離れ、帰るべき故郷を失っている。そんな彼らにとって、長屋は安心して暮らせる唯一の場所であり、故郷のような場所でもある。

近年、日本でも古い建物の価値と魅力を再評価し、現代の価値に照らして保全・利活用すること(リノベーション)が活発である。我々のプロジェクトも大きくはこのようなリノベーションの取り組みとして捉えられ、長屋建築の保全・利活用、さらには建築を通じた地域の再生を目指している。ただ、現地・スリランカでは、紅茶プランテーションの長屋を含む建築群の価値については、一部の建物(マネージャーの邸宅、紅茶加工工場など)を除いては、ほとんど認められていないというのが実情である。スリランカには国土中央の山岳地帯を中心に約400箇所の紅茶プランテーションがあると言われている。それらの中には近年の紅茶産業衰退とともに閉鎖に追い込まれているものもあり、住民の生活や地域の未来はきわめて不安定・不確実である。
このような背景を踏まえ本研究では、NPOアプカスや地域住民とともに、旧紅茶プランテーションであるバウラーナ村において様々な調査研究や実験的プロジェクトを実施し、それらを通じて、長屋が持つ価値や長屋建築の保全・利活用の方法について明らかにすることを目的としている。そして、長屋の”負の遺産”としての側面を受け止めつつ、”正(プラス)の価値”に転換する方法を住民とともに考え、紅茶プランテーションの持続可能な再生に資する長屋の保全・利活用のモデルを提案することが最終的な目標である。

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現在使われている台所スペース

調査の内容
1 長屋の空間構成と住み方の実態の把握 (2013年~継続中)

バウラーナ村には計12棟の長屋が現存することが確認されている。長屋は建設当初、寝室+キッチンを1住戸とし、各家族に1住戸が割り当てられていた。最も大きな長屋は10戸×2列の20戸で構成される。長屋の配置や平面構成は、紅茶農園経営者が労働者を管理・監視しやすいものが採用されたと思われる。その後、時間の経過と農園閉鎖後の状況変化により、住民による増改築が行われるようになり、現在では住民それぞれの多様な住みこなしがみられる。建物の調査や住民へのヒアリングを通じて、現状では主に以下のようなことがわかっている。

  • 住民の手により増改築や間取りの変更が行われており、長屋は住民の生活にとって重要な場であり続けている様子が伺えた。増改築の内容としては、ベランダ空間の屋内化、建物前面部への部屋の増築、背面部への台所の増築などがある。また、空き家となった隣戸の権利を入手し、複数住戸を一つの住戸とするような増改築も行われている。
  • 長屋住民は村内で畑作や乳牛飼育などを行い、自給自足的な暮らしを送っている。一方、特に若者の中には仕事を求めて近くの街やコロンボ、海外に出稼ぎに行く者も多い。彼らは村に家族を残し、数週間から数ヶ月、特には数年単位で村の内外を行き来する生活を送っている。そのため、村に常時滞在しているのは主に老人や女性、子供である。
  • 長屋の建物表層のメンテナンス(漆喰による壁塗り、牛糞による土間塗り)が頻繁に行われている。これらの行為はタミル人の信仰であるヒンドゥー教による清めの儀式でもあり、タミル人の信仰と文化が建物に形となって投影されている。一方、トタンによる屋根や建物躯体(石造りの壁、スチールによる屋根フレームなど)の補修は資金不足により住民の手で行うことが難しく、老朽化・破損が目立つ。

バウラーナ村の航空写真:長屋を含む、紅茶プランテーション関連の建物跡が点在している。

ある長屋の平面実測図:長い時間経過の中で増改築や間取りの変更が行われ、住民それぞれの多様な”住みこなし”が行われている。

調査の様子:村人の協力を得ながら、部屋の内部空間や家具の配置なども含めて、建物の実測と図面の作成を行っている。

2 長屋再生実験
(1)再生計画の提案・実施(2014年~2016年)

長屋の建物の実測調査や居住者へのヒアリング調査などをもとに、居住者が現在も暮らす長屋1棟の一部をゲストハウスとして改修する計画を提案・実施した(概要は長屋再生計画のページを参照)。このゲストハウスは、バウラーナ村を訪れた外部の_人々が村の生活を体験しながら紅茶プランテーションの歴史や文化について学ぶための拠点である。長屋居住者や村の住民にとっては、ゲストハウスでのもてなしや体験プログラムの提供などを通じて現金収入が得られ、新たな就業機会となることも期待されている。ゲストハウスの運営は2016年4月にスタートしており、長屋再生の効果を検証することを目的とした以下の調査も行っている。

(2)検証1 環境的サステナビリティ(2016年~継続中)

長屋の建物にはいくつかの特徴的な構成要素(石積みの分厚い壁、スチールの屋根フレーム、漆喰塗り壁・牛糞土間)があり、それらは歴史的・文化的な価値に加え、建物の長期持続という観点からみても価値があると考えられる。そこで、構成要素ごとに環境工学的な性能やメンテナンス・構法上の利点(適正技術、資源循環)を明らかにすることで、長屋の環境的サステナビリティを総合的に評価する。また、新たに導入した環境技術(太陽熱ボイラー)の導入手法と効果についても検証する。

(3)検証2 社会的サステナビリティ(2016年~継続中)  

長屋を含む紅茶プランテーションはその成り立ちや歴史に由来して、物理的・社会的に閉鎖的な環境であり、住民は外部者との接触や交流に慣れていない。住民と外部者の交流をこれから活発化していく上で、長屋居住者のプライバシー確保と村人の生活への影響に対する配慮は欠かせない。そこで、再生長屋について、ゲストハウスと既存の住居が隣接する空間の使われ方や、居住者および長屋滞在者による評価について明らかにし、長屋の社会的サステナビリティ(住民の生活と外部との交流の両立)について評価する予定である。

3 紅茶プランテーション再生モデルの構築

当プロジェクトは、紅茶プランテーション地域の持続的再生に寄与することを最終的な目標としている。しかしながら、旧紅茶プランテーション・バウラーナ村を取り巻く状況変化はきわめて不確実であり、地域の将来像を一義的に描くことは困難であり、かつ望ましくないと思われる。そこで当プロジェクトでは、社会的不確実性が高い状況下における意思決定支援手法であるシナリオ・プランニングの手法を再生計画に応用した。具体的には、バウラーナ村の将来について、①人口の増減(増加or停滞・減少)、②社会の開閉(開放or閉鎖)という観点から複数のシナリオを描き、不確実な状況変化にも柔軟に対応し、段階的に再生していく計画としている。このような将来シナリオを念頭に置きながら上述の時調査や実験を実施し、長屋再生の現段階における可能性と限界を明らかにし、紅茶プランテーション地域再生のモデルを作成する予定である。

シナリオ・マトリクス:旧紅茶プランテーションを取り巻く不確実性を考慮して複数の将来シナリオを作成。不確実な変化にも柔軟できる、段階的な整備計画としている。

シナリオと長屋再生計画の関係:作成した4つのシナリオを踏まえて、適当な長屋改修手法を選択している(今回採用したのはパタンC)。

*なお、本研究およびプロジェクトは、一般からの寄付および下記の団体からの助成金を受けて実施している。

公益財団法人 LIXIL住生活財団

公益財団法人 大林財団

公益財団法人 旭硝子財団

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