スリランカより

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更新日 2014-06-02 | 作成日 2008-04-14

スタッフ日記はFACEBOOKに!

2012.01~

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2012年1月より、Facebookサイトに移動しました。関係スタッフが、スリランカや東北での近況の報告を行っています。ぜひ、ご覧ください。

LinkIconアプカスFacebookページ 
https://www.facebook.com/npo.apcas

洪水と物価

2011.02.11

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洪水被害に合わせて、食料品価格も高騰しています。(1ルピー=0.8円、公務員の初任給は1万5千ルピー、お昼のお弁当が60~100ルピーくらいです。)

アプカスがラジオに登場! スリランカでですが・・・

2011.02.10 

disability_03.JPG写真は、スタッフ一弁が立つ!?のダグラスさん参加した時のものスリランカの視覚障がい者就業支援プロジェクト「Bring Bright for Blind」プロジェクトでは、ラジオによる障がい者への理解を深めてもらうラジオプラグラムも行っており、今回は4回目。

今回は、アーユルヴェーダのお医者さんを2人ゲストで呼んでもらい、視覚障がい者がマッサージに適性があるという話を中心に2時間の放送になりました。

今回は最終回。当会からはスタッフのデヴィカさんが、アプカスを代表し、ラジオ出演。
2月15日から、コロンボ市内のアーユルヴェーダセンターにマッサージ師として就職が決まった受講生も意気込みを語りました。

ちなみにラジオの生放送は、以下のアドレスで聞くことができます。 シンハラ語の上級編?の練習に最適です(笑)。

日本では超がつくほどマイナーなシンハラ語。そのため、ほとんど需要はないと思いますが・・・

LinkIconLAK FM

北部女性自助グループの皆さんと

2011.02.06

北部のキリノッチ県とムラティブ県のタミル人の女性グループの代表たちが、事務所を訪れてくれました。

当初は夕方には到着して、話し合いをする予定でしたが、移動途中に洪水でバスがストップ。到着が6時間ほど遅れ、深夜の到着となりました。

翌日、改めて話し合いを行いましたが、中には、終戦時に「人間の盾」にされた経験もある女性もおり、内戦中の体験を直接お聞きすることができたとともに、女性グループのネットワークを使った今後の共同事業の可能性について話しました。

その後、シンハラ語-タミル語通訳の方が、電車が間に合わないからと途中帰宅。

タミル語が話せるスタッフがいない事務所は、身振り手振りで、完全な異国状態。それでも私が一番のタミル語使い!?ということで、前に押し出されるように辞書を片手に会話開始。

スリランカの現地スタッフは全員シンハラ人。同じ国に住んでいるのに、日本人である私が片言でも一番タミル語を知っているという事実も、何かこの国が抱えている大きな民族問題の根本原因の一つのような気もするのですが・・・・(Ishikawa)

環境教育を同期生と共に 

2011.01.20

「おが屑の有効利用を通したモラトゥワ市・ボルゴダ湖の自然環境保全プロジェクト」の環境教育プログラムでは、ちょうど(?)、スリランカにプライベートで来ていた大学時代の同期でもあり、霧多布湿原トラストのスタッフである文子さんに特別講師をお願いしました。

IMG_4757.JPG日本の食文化「すし」の紹介と関連して、廃棄物だったホタテ貝殻の有効利用もトピックに前日には、担当スタッフとパワーポイント資料や環境教育ゲームの準備を入念に行ったものの、実際に会場に来てみると、電気が遠くて使えないというスリランカらしいハプニングが・・・・。どうにか、その問題を解決し、50人ほどの生徒が参加したプログラムがスタート。

内容は2部構成で、前半の座学では、日本とスリランカの文化や自然についてのクイズ、日本とスリランカのごみ問題に関する基礎的な学習、また、文子さんの所属する霧多布湿原トラストの活動や自然について、話は続きました。参加した子どもは、興味を持って聞き入ってくれていたようでした。

最後の質問と振り返りの時間になると、子どもは見慣れぬ日本人にテンションが上がったのか、子どもたちから「踊れ!歌え!」コールが…生徒からの熱いリクエストに、文子さんは最後はカエルの歌を歌うことに・・・・。

IMG_4805.JPG後半は、ごみ集めゲームを実施。学校周辺で、身の回りのごみをグループ対抗形式で集めてもらいます。各ごみに点数がついており(プラスチックは3点、紙が1点などと珍しいものが高い点数がつく)、より高い点数を取ったグループには、今回のプロジェクトで作成した絵本を進呈しました。

景品がインセンティブになったのか!?、競争心を刺激したのか?最終的には、ありえない量の高得点のごみを集めたグループが発生し、周りからは学校敷地近くのごみ箱から持ってきたのでは?という疑惑の目が・・・(笑)。

ゲームでさえ、ルール違反(?)が発生するのに、市内のごみを減らすことはできるのか?なかなか先が思いやられます。

それでも好評のうちにプログラムは終了。文子さん、お疲れさまでした。同年代の輪が広がっていくのは、とても心強く、刺激をもらった1日となりました。

先住”動物”

2010.08.17

8月9日は「先住民族の日」ということで、スリランカでも先住民族である『ウェッダ』の特集などが新聞にいくつか載っていました。
先住民族からの連想で事務所の中で話題になったのが、「先住動物」のことです。

というのも、事務所の屋根裏にオオトカゲが住んでいて時々がさがさと音がするのです。彼らは基本的に夜行性のようで、昼間にあまり姿を見ないのですが、通り道となっている2階のベランダや屋根でその姿が目撃されています(笑)。ただ、音がするだけなら問題ないのですが、彼らは屋根裏でトイレも済ませるようで、日中突然に天井から”液体”が滴り落ちてくることが何度かありました・・・。

幸いにもスタッフの誰にも直撃することなく、
パソコンなどが置いてある机に直撃することもなく、被害は最小に終わっています!

せめて、トイレだけは外で済ませてくれると屋根裏に住んでもらってもいいのですが、このままだと、強制退去をしてもらわないといけないかと・・・。

我々が事務所を借り始めたときにはすでに済んでいた彼らは「先住動物」なので、できる限り平和裏に問題を解決したいなと、現在対策を考えているところです!?

イスラム教徒の悩み

2010.08.15

先日、イスラム教徒の知り合いから電話がありました。
「10月に研修で日本に行く事になったんだけど聞きたい事がある」と。
何かと思うと、「日本にモスクはあるのか?毎日は難しくともせめて金曜日にはモスクに行ってお祈りをしたい・・・」との事でした。

日本にもモスクはあるけど、研修の行先によっては、モスクがない可能性もあるよと伝えると、「それは困ったな~・・・」と真剣に考えている様子でした。
ひとまず、研修先が決まったらそこにモスクがあるかどうか調べてみるよと伝えてその話は解決!?

「あ、あと食事は??」と、次の質問。

イスラム教徒が豚肉を食べない事等は日本でも一般的だと思いますが、その他にも様々な戒律があるため、イスラム教徒にとっては、慣れていない国(特にイスラム教徒がほとんどいない国)を訪れるのは本当に大変な事だと思います。

イスラム法で許可された方法で作られた食品を「ハラール食品」と呼びますが、スリランカではほぼ全ての食品(包装されている)に“ハラール”のマークがついています。

友人は、日本にこの「ハラール食品」があるか?と聞いてきたのですが、私の知る限りでは、「ハラール食品」を売っているお店もあるけどあまり一般的ではないと思うよと伝えました。

これにも「それは困ったな~・・・」と。

まあ、研修では多くのイスラム教徒も来ているはずだから何とかなるよ!と子ども騙しのような励ましをして電話を切りました。最近はスリランカの生活に慣れてあまり気にしない事ですが、本当に文化や宗教って千差万別だな~と久しぶりに感じた一件でした。

ゴミ

2010.07.27

連日新聞に載っている話題が「ごみ」関連の事です。

以前からこの国では、ゴミの問題は注目されていましたが、まだまだ解決策がないのが現状です。首都コロンボで見ると、一日のゴミ収集量が約700トン、それにかかる費用が一日200万ルピー(180万円)と言うのですから驚きです。(ちなみに、公務員の初任給が1万5千ルピー位)

コロンボ市としてはいつも「何とかしなければ…」といくつかの手を打ってはいますが、未だ成功していません。そんな中、コロンボ市ではゴミの不法投棄の取り締まり強化を始めました。コロンボ市と警察とが連携し、公共エリアにゴミを捨てた人は即逮捕と言うわけです。

「不法投棄」といっても、日本の様に山奥に電化製品を捨てたり、組織的にダンプカーで産業廃棄物を投棄するようなものではなく、車で出勤する途中に家から持ってきたゴミの袋をポイ捨てするのです。この国で自家用車を持っているのはそれなりの“金持ち”です。そんな彼らが、車の窓からポイポイとゴミを捨てる姿を私も見た事があります。
道徳観が欠けているというか、自己中心的と言うか、これにはさすがに腹が立っていたので、警察による取り締まりも個人的には歓迎しています(笑)。先日は、西部州の議員が逮捕されました!

1004.JPGコロンボ市街の住宅街を流れる下水道。近隣住民が投げ入れるごみで、川の流れが止まっていましたその調子で、皆逮捕してしまえ~!?と言うのはちょっと過激かも知れませんが、少しでも「不法投棄」が減り、きれいな街になるといいのですが…。

ゴミ関連でもちょっと話が変わりますが、ゴミの収集をしている人が毎日我が事務所にも来るのですが、立ち話をしながら色々な話を聞くのも「情報収集」の一つです。
そんな中で、ひどい話がありました。彼がゴミを集めていると、ある男が車を道路脇に停めて、ゴミ袋をポイ捨てしました。彼はすぐに車のナンバーを控えて警察に連絡。

そしてゴミを確認したところ・・・・・
袋の中にはまだ生きている生まれたばかりの子猫が5匹いたそうです。
警察は、その男を捕まえて子猫を再び引き取らせたそうですが、その後、その男が子猫を育てたとは思えません・・・・・

そんなわけで、大きな問題である「ゴミ」ですが、少し見方を変えれば「資源」というわけで、解決策はないわけではないと思っています。

実は取り組みたいけど、中途半端にするわけにはいかないので、今はまだ難しいかな~と。誰か一緒に取り組みましょう!?(Ishikawa)

お正月

2010.04.19

お正月は、文化的に違いがあっても、スリランカの人々もとても大切にしている行事です。

スリランカのもともとのお正月は4月13日から15日までです。日本と同じく大掃除から始まって、お正月の料理を作ったり、新しい服を買ったり、町で働いている人々は田舎に帰ったりしてお正月の準備をしています。
道も普段と比べてとても混んでいます。

スリランカのお正月ってどのようなものか想像がつきますか?

一つ大きな特徴は、あらかじめ決められた「良い時間」にみんな料理を作ったり、ご飯を食べたりしていることです。この「良い時間」を守れば、いい一年になると広く信じられています。

一方、お正月の前の日(大みそか)は「古い年」と呼ばれ、「物忌みの時間」があります。
その時間は、全ての仕事が辞めて、宗教に関することだけしかしないことになっています。
例えば、「ご飯を作ること」「食べること」「シャワーを浴びること」「他人の家を訪問すること」は、いけないとされており、その時間のことは、シンハラ語で“ノナガタヤ”と呼ばれています。

ノナガタヤが終わったら、いよいよお正月に入ります。

家の居間の真ん中の床でココナッツミルクを沸かして新しい年を迎えます。この行為は、ココナッツミルクは豊かさのシンボルであり、「一年中の豊かさを祈ること」を意味しています。

お正月の主な食べ物は、ミルクライスでしょうか。日本では年越しそばを食べて長生きを祈ることと同じく、ミルクライスを食べて健康を祈ります。

最近では、爆竹を鳴らしてお正月を迎える人が多く、「にぎやかな」お正月になっています。
日本のお寺から聞こえてくる鐘の音で迎えるお正月とはだいぶ違いますね(笑)

もちろん、日本と同じくお寺へ行ったり、親戚や友達の家を訪問したりもします。
特に、お酒が好きな人にとってお正月は一番良い日?!になっているようで、爆竹同様、今後慣習化していくかもしれません。

最後に…
お正月の時に思う「新しい心」を一年中持ち続けられるといいですね。(Devika)

お正月

2010.04.12

みなさんいかがお過ごしですか?
さて、スリランカでは14日にお正月を迎えるため、巷ではすっかりお正月気分です。
現地のパートナーNGOは、先週の終わりからずっと休みが続いています。

ちなみにアプカスは「過酷な労働環境」を自負しておりますので、今日も勤務です(笑)。

日本のお正月に比べて、スリランカではまだ「文化」の継承があり、やはりお正月は大切な行事となっています。

そんな中、様々な事を始めるにあたって『良い時間』というものが決められており、それに沿って、料理を始めたり食べ始めたり、水浴びを始めたりとするわけです。

今回は、そんな「良い時間」のご紹介です。

年明け前の最後の水浴び:12日の日中
年明け:14日朝6時58分
料理開始:14日朝7時1分
食事開始:14日朝9時7分(北の方角を見ながら)
仕事始め:19日朝6時42分
(緊急の場合!?16日朝6時8分に仕事を始めてもよい)

ということです。詳しくは、お正月が終わったらスタッフのデビカさんに報告してもらいましょう!

では、皆さん良いお年を!!(スリランカ風に)

(石川)

大統領選挙

2010.01.26

今回の大統領選挙への候補者は22名です。全く知らない人がほとんど・・・。

自分では歩く事ができないのか、常に脇で支えている人が必要な人も候補者のようで、高齢者には大統領の激務は大変じゃないかな?と勝手に心配してしましました。これは余談です。

さて、今回の大統領選挙は間違いなく現職のマヒンダ大統領と、連立野党が推薦するフォンセーカ氏の一騎打ちでした。

選挙戦では、民間人が4名亡くなり、負傷は多数という決して平穏の選挙戦ではありませんでした。とにかく様々なプロパガンダ作戦の応酬だったように感じます。

マヒンダ大統領側が
「フォンセーカ氏はTNA党(以前LTTEを支援していた政党)と連携しており、もし彼が大統領になったらLTTEが復活する」と。

野党側は「LTTEの幹部で、資金調達係だったKPを拘束しているが、その後全く捜査が進んでおらず、彼を利用しようとしている。その1つの証拠として、大統領の息子が海外のLTTE組織と接触し、金儲けを企んでいる」と指摘するなど、
どちらも具体的な政策よりも、相手のイメージをいかに悪くさせるか、ネガティブキャンペーンに力を注いだように感じました。

ただ、内戦終結に向けて戦争の指揮を執っていた2人ですので、暗黙の了解?保身のため当然なのか?、最近話題となった、「内戦時に虐殺が行われた映像が本物の可能性がある」という国連の指摘に対しては双方全く触れずに選挙戦が進みました。

さて、本日の選挙では、75%の有権者が投票したとの事ですから、かなり高い投票率だったのでしょう。

私が事務所に向かう時にも、投票所に向かう人びとを沢山見かけました。事務所のスタッフも地方出身の一人は昨日から実家に戻り、本日の投票に備えていました。コロンボ近郊が実家のスタッフは、朝、投票を済ませて出勤。もしかすると、16時の投票終了後に外出禁止令が出るかも知れないという話だったので、早めに事務所を閉めて帰宅しました。

そんな中、特に問題もなく投票が終わり、現在、少しずつ開票が進んでいます。個人的には、100万人の有権者に投票用の整理券が届かなかったという問題がどうなったのか気になりますが、それらの票がどのように扱われるのかの情報は今のところありません。

また、非常に不思議だったのは、フォンセーカ候補者が投票をしなかった事です。正確に言うと、投票ができなかった=投票する権利を与えられなかったのですが、マヒンダ大統領側は「選挙権もない人間に大統領になる資格はない」と批判を繰り返していましたが、選挙管理局は「フォンセーカ氏の大統領への立候補は合法である」と発表していました。

選挙権のない人が、被選挙権があるというのもちょっと不思議な話?ですね。
フォンセーカ氏が米国の外国人永住権を持っているとことから、投票できなかった?
という情報が流れていますが、いまいち真相は分かりません。しかし、そんな重大なことはもう少し早めに議論・解決して欲しいなと思ったのは私だけでしょうか・・・。やはり、ガバナンスの問題は・・・・重要ですね。

とにかく、あと数時間後には結果が出るわけで、これからのこの国の進む道が決まります。(ishikawa)

「BOPビジネスセミナーin札幌」に参加して

2010.01.19

BOPビジネス(ビー・オー・ピー・ビジネス)とは、なかなか聞きなれない言葉だと思います。
これは、「おおよそ一日2ドル前後の収入の人々に向けたビジネス=世界40億人へのビジネス」の総称です。
「私たちの活動で支援の対象になるようなお金がない人々が属するグループへのビジネス」という話しになります。

支援が必要な人々にビジネスというのは、たぶん「??」ですよね。

このビー・オー・ピー・ビジネスなるものを初めて聞いたのは、
3年~4年ほど前に、まだアプカスを立ち上げる前に、学校の研究室で紹介された本「ネクストマーケット」が出会いでした。

当時は、マイクロファイナンスが脚光を浴び、まだ日本ではあまり注目されていなかったように思います。
また、実際に海外の特に開発途上国を見る機会もありませんでしたので、シャンプーを小分けにして販売してビジネスが成立するという事例を聞いても、頭では理解できても、実感の伴わないものであった記憶があります。

今回は、1月19日に札幌で、
「海外市場開発の新たな切り口としてのBOPビジネス ‐開発途上国市場の潜在的可能性と官民連携‐」なるセミナーに参加する機会をいただきました。
LinkIconhttp://www.jetro.go.jp/events/seminar/20091117129-event

参加者のほとんどは、日本の企業の方や関係機関の方でした(たぶん、札幌会場にNGOはほとんどいなかったと思います(笑))。

改めて今回セミナーのイントロダクションと私の所感を少し。

BOP層は、調べてみると意外に購買力もあるし、今後大きなお客様に成長する可能性もあります。
従来の国際機関やNGOの援助ではなく、彼らが本当に必要とする財やサービスを民間企業がビジネスとして提供してしまおう。
その際には、企業やNGOなどの既存の枠を超えて、タッグを組めば、お安くチャレンジできますし、企業が活性化しますよ!
といった趣旨だったと思います。

私自身アプカスの活動を始めて、日本からスリランカに年に何度か足を運ぶようになりましたが、改めて現地の人々の生活(ほぼBOP層かそれ以下です)を見ると、実際にすぐにビジネスとして成立するかは別として「日本のこういった商品や技術やサービスを導入できれば!」という思いになることが多々あります。

講師である北海学園大学院の菅原先生も事例としてとりあげていた日本製の油圧ショベル等の重機が、その耐久性と性能で途上国でいかに人気があるかという話をされていましたが、我々も実際に現地の人から「どうにか購入できないだろうか?誰か関係者を紹介してくれないだろうか?」という話をされます。2日前にもスリランカ北西部のニカワラティアという場所で活動する現地NGOから同様の質問が、現地の石川にあったところです(笑)。もちろん、関税等色々問題はありますが・・・・・。


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それ以外にも
我々のメインフィールドの一つであるスリランカ中部州地すべり被災移転地区でも、被災者の一人が雑貨屋さんを始めました。左の写真からもおわかりになる通り、基本は「小分けされた日用品」が多いですね。

なぜ小分けするか?それは、シャンプーのお話とも共通しますが、「まとめてとか、大きなサイズで買うお金がない」という理由がメインです(賃金が低く貯蓄がなかったり、日払いの仕事が多かったりするためです)。

以下は参考までに「味の素」のページです。
LinkIconhttp://www.ajinomoto.co.jp/company/csr/100anniversary/index4.html

また、「BOPペナルティ(※1)」についても、小さなことですが、よく実感します。

一つの簡単な事例として、昨年同じく地すべり被災地で子どもと行った「水彩絵の具のお絵かき教室」での一枚です。

PA200125.JPG急きょ、開催が決まりましたので、子ども会がある移転地近くの小さな街の雑貨屋で「水彩絵の具12色」を350円程度で購入しました。しかし、この絵の具、古いのか、管理が悪いのか、売れないのか、ほぼ全ての色が開封前に固まってしまっていました(笑)。買って開封してから気づきました。

日本に帰ってきて、普通に100円ショップに行くと、普通に12色で100円で売ってたりします。日本人の10分の1の給与が普通の国で、日本よりも割高で固まってしまっている粗悪な絵具を買うとは・・・・これこそ「BOPペナルティ」ですね。

BOPビジネスについて興味をもたれた方は、以下の菅原先生のページをご覧ください。

LinkIcon北海学園大学院 菅原秀幸先生のページ
http://www.sugawaraonline.com/


あとは、少しミーハーな私としては、参加型開発等の研究でも有名な佐藤寛さんのお話を聞け、最後にごあいさつできたのは光栄でした。とても刺激的なセミナーでうまく消化するにはまだ時間がかかりそうです。

2月にスリランカに滞在する際は、この分野に関する簡単な調査を行おうと思っています。貧困という根深い問題には、多角的なアプローチこそ重要ですし、我々アプカスの「若さ?」「身軽さ?」を活かせる分野かなと思ったりしています。

また、先月函館で開催されたマルチアクターサミットでお会いした皆さんにも、再び札幌でお会いできました。今後の連携が楽しみです。(ito)

※1:BOPペナルティ
商品・サービスの独占的供給、不十分なアクセス・流通、又は中間マージンを取る仲介者の存在により、富裕層や中産階級と比較して、質の悪い商品やサービスに対して割高な対価を払わされている

大統領からのメッセージ

2010.01.10

またまた正月ネタで・・・。
もう一週間も前の事ですが、1月1日の話です。
1日を迎えた0時に、いくつもの携帯電話のメールが私にも届きました。

何かイベントがあるとこのメールでよくやり取りをするのですが、携帯電話のinboxには20通近いメールが届いていました。結構個性があって色々なメッセージに驚きつつ、よくわかない単語を辞書で引きつつ、読んでいました。と、そこに1通のメールが、送信者が「President(大統領)」となっているのです。初めは、新種のいたずらかと思いメッセージを見てみると、どうもいたずらでは無いようで、事務所のスタッフに聞いたところ彼らにも同じメッセージが来たと。メッセージはシンハラ語で書かれており、以下のような内容でした。

「あなたに約束したように、“独立した安全な国”を造りました。
将来において豊かな繁栄が続きますように!
新年明けましておめでとうございます。
マヒンダ・ラージャパクシャ」

大統領がメッセージを新聞などに載せる事はよくありますが、携帯メールで送信されたのは私の記憶する所ではこれが初めてだった思います。今月末に行われる大統領選挙に向けた宣伝?という声も聞かれますが、真相は分かりません。
さらに、誰が費用を負担しているのか??色々と疑問はあります(笑)。

そういえば、ふと思ってタミル人の友人に聞いてみたところ、彼に来たメッセージもシンハラ語だったと。携帯電話の登録者名からシンハラ・タミル・ムスリム等を見分けるのはそれほど難しい事ではないと思うのですが、さすがにそこまで手の込んだ演出?はできなかったようです。

せめて、タミル語を母語としている人たちにはタミル語で送信すると言う配慮があると良かったのですが・・・。(ishikawa)

1月1日は特別な日!?

2010.01.02

昨日(1月1日)は、おが屑の関連の事業調整のためコロンボから少し南下した街モラトゥワに行っていました。
途中で関係者と待ち合わせをするために選んだ場所が大手スーパーFoodCityの駐車場でした。

11時の約束だったのですが、なかなか彼は来なく、しかも、彼は携帯電話を持っていないため連絡を取ることも出来ずに、ボーっと駐車場で人間観察をしていました。

さすが、大きな街のスーパーだけあって、次から次へとお客が来るのです。
そして、客の7割が「アラック(スリランカのお酒)」を手にして出てくるのです。

スリランカで1月1日は一応「普通の日」なのですが、何か理由をつけて酒を飲みたい人びとにとってNew Yearは見逃せない特別な日なのかもしれません。
まあ、酒好きな人たちにとっては毎日が“特別な日”なのかもしれませんが・・・(笑)。(ishikawa)

仕事始め

2010.01.01

明けましておめでとうございます!
今年もどうぞ宜しくお願い致します。

スリランカでは1月1日は「お正月」ではありませんが、(シンハラ・タミルの正月は4月中旬)やはり、イベント好きの人びとはこの“ニューイヤー”のチャンスを放っておく事はなく、1月1日の0時を迎える頃から爆竹が鳴り始め、0時になると凄まじい音と光が!!!

椅子でうとうとしていたのですが、一気に目が覚めました。

家の目の前でもかなりの量の爆竹が点火され、思わず耳をふさいでしまいました。
中国ではお祝いの時に爆竹を鳴らす習慣があるのだと思いますが、スリランカでは、以前はあまり爆竹を鳴らしていなかったような・・・。
たぶん、内戦をしていたと言うのも影響しているとは思いますが、それにしても雷が落ちたのかと錯覚するような音でした。

1000.JPGアプカススリランカ事務所では昨日(12月31日)に大掃除をして仕事納め!1月1日に簡単なお祝いをして仕事始め!という事で、2010年が始まりました。

ミルクライスやバナナやお菓子を味わいつつ、30度近い気温の中汗をかきつつ、『お正月』を味わっています。

それでは、2010年がそれぞれの人にとって素晴らしき年となりますようスリランカよりお祈り申し上げます。(ishikawa)

地滑り被災地区の紹介

2009.12.31

12月22日に活動地の一つであるスリランカ中部州地滑り被災地移転地区に行ってきました。
その際の映像をご紹介します。(ishikawa)

↓以下のページからご覧になれます

LinkIcon地滑り被災者移転地区の今 (別ウィンドウ・タグで開きます)

家庭菜園とコンポスト

2009.12.28

12月上旬に活動地の一つである南部州インド洋大津波被災者の移転地区で家庭菜園の様子を撮影してきました。(ishikawa)

↓以下のページからご覧になれます

LinkIconキッチンガーデンとコンポスト (別ウィンドウ・タグで開きます)

津波から5年

2009.12.26

先日、NHKラジオの取材協力のため、南部マータラ県の津波被災者の女性を訪ねました。当時妊婦だった彼女は、2004年12月26日の朝も普通どおり起きて、子どもたちの世話をしながら、朝のひと時を過ごしていました。夫が漁師のため、海から20mも離れていない所に家があり、その家の前に、漁師たちを相手に小さな食堂を開き、子どもたちへ良い教育を受けさせたいと頑張って働いていたそうです。

そんな家族を津波が襲いました。津波が来た時、家の中には彼女と、お父さんお母さん、妹とその息子、足が不自由な兄と末っ子の息子がいたそうです。家の中にいた人で助かったのは彼女だけでした。
外にいた息子二人と夫は内陸の方へ走って逃げて何とか助かったと。

「何も出来なかった・・・」自分がどうやって助かったのかも不思議だと。
「せめて子どもと妹を助けたかった・・・」彼女は当時の事を思い出し、目に涙を浮かべつつも静かに語ってくれました。津波の翌日、彼女は男の子を出産、亡くなった息子の名前を赤ちゃんに命名したそうです。

その男の子も今年で5歳。幼稚園から帰った彼は、元気よく家の周りを走り回っていました。

今まで色々な所から取材を申し込まれたけどずっと断ってきたとか。
やはり彼女の中ではまだまだ「昔」の事ではないのでしょう。しかし、今回は仲の良い知り合いから頼まれた事と、最近自分の中で区切りをつけられたので取材を受け入れてくれたそうです。
「もう自分で感情をコントロールできるようになった」と、3人の子どもの母である彼女は笑顔を見せてくれました。母、強しです。それでも、昔の家があった場所にはまだ一度も行っていないとの事。「あそこには行きたくない」と彼女は呟きました。

津波後の援助によって建てられた家は、内陸に2Kmの少し小高い所にあります。
2つの部屋と居間と台所。昔の家と比べるとだいぶ小さくなったけど、それでも、家をもらえた事に感謝していると。そこで、子ども3人と夫と共に生活を送っている彼女は、少しでも家計の足しになればと考え、軽食を作って近くのお店に売っているそうです。それでも、以前の収入に比べると3分の1だとか。教育費を捻出するために何とか収入を増やしたいと小規模融資のプログラムにも積極的に参加して、夫の漁を効率よくするための漁網の購入もしました。『前向きに生きて行くしかない!』
という彼女の思いがひしひしと伝わってきて、なんだかこちらも元気が湧いてきました。

あの日から5年が過ぎたのか~と私自身も不思議な気がしてなりません。
津波がなければきっと始まらなかったこのアプカスの活動。そう考えると、津波が与えた私(我々)への影響も大きかったなと改めて考えていました。

津波を通して、色々な事を考えさせられました・・・(まだ現在進行形かも知れません)。
緊急援助・復興支援・地域開発など、外部の人間がどのように係るのがベターなのかもっともっと議論し学習していく必要があるなといつも思っていますが、あまり実行できていません・・・。

5年が過ぎましたが、未だ津波による様々な影響で苦しむ人びとがいるのも事実だと思います。
そんな人びとにいち早く安らぎが訪れる事を願うのみです。

2009年12月26日・大雨のコロンボにて(ishikawa)

災害復興支援活動(スリランカ)


LinkIconスマトラ沖地震にともなう被災者への支援プログラム(2005)

LinkIcon地滑り災害被災地におけるBHN充足に向けた支援(2007)

LinkIcon地滑り災害被災地における総合的支援~グリーンムーブメント・オブ・スリランカ協働事業~(2007)

LinkIcon地滑り被災者に対するBHNの充足と自立型復興促進のための自治組織力の強化(2008)

LinkIconハングランケタ郡地すべり被災民移転地における参加型水供給プログラム(2008)

LinkIcon津波移転住宅における家庭菜園導入によるゴミ問題の解決(2009)

LinkIcon地滑り被災者移転地区における住宅建設へのコンクリートブロック提供と自治組織の強化(2009)

LinkIconスリランカ北東部内戦避難民子ども支援プロジェクト~小さな笑顔プロジェクト~(2009)

LinkIcon地すべり被災地域における校舎建設と学校菜園運営を通した教育支援(2010)

LinkIcon地すべり移転地区における子どもクラブの運営(2010)

LinkIcon地すべり被災地における農業を中心とした総合的な生計向上支援(2010)

LinkIcon地すべり被災者への住宅資材の提供事業(2010)

LinkIcon北中部州洪水被災児童への学用品の緊急支援活動(2011)


災害復興支援活動(日本)


LinkIcon東日本大震災『緊急支援活動』(2011.03-05)

LinkIcon東日本大震災『復興支援活動』(2011.06-08)

LinkIcon大震災被災地へ物資を直接支援「あくしゅプロジェクト」(2011)

LinkIcon東日本大震災『中長期支援活動』(2011.08-2012.03)

LinkIcon東日本大震災『仮設住宅の住環境改善支援』(2012.04-2013.03)

LinkIcon東日本大震災『コミュニティ構築支援活動』(2012.04-2013.03)

LinkIcon東日本大震災『コミュニティ構築支援活動』(2013.04-2013.12)


地域開発事業


LinkIcon生計向上と地域の安定を目指した家庭菜園の普及活動(2007~)

LinkIcon農村地域のアトゥンゴダイシパタナ小学校校舎新築及び環境教育の普及(2008)

LinkIcon識字率向上へのチルドレン・ハッピー・プランinスリランカ~子どもが子どもに教える。そこから広がる大きな幸せの輪~(2008)

LinkIconゴミから紙を作る!エコロジカルペーパー・ワークショップによる環境教育プログラム(2008)

LinkIcon僻地農村貧困地区での分散型エネルギー普及の調査・建設プロジェクト(2008)

LinkIcon住民主体の森林再生~「貧困⇔森林破壊」負の連鎖を断ち切る~(2009)

LinkIcon干ばつ地域での女性に配慮したコミュニティ主導防災計画の立案(2009)

LinkIconおが屑の有効利用を通したモラトゥワ市ボルゴダ湖の自然環境保全(2009)

LinkIcon僻地農村の子どもへのコンピューター&インターネット技術の普及活動(2009)

LinkIcon僻地農村のティッサカニトゥ小学校修繕および菜園による栄養改善事業(2009)

LinkIconウィルガムワ郡の教育設備の整備および教育の重要性についての啓発事業(2009)

LinkIcon食料・平和の確保に資する家庭菜園&有機農業普及のための農業研修センターの設立(2009)

LinkIconスリランカ僻地における学校建設を通した教育支援事業(2009)

LinkIcon僻地・農村地域の学校における水供給と衛生概念向上支援~子どもの健康改善に向けて~(2009)

LinkIconスリランカ紛争及び津波被災地域における子どもの栄養改善とメンタルケアプログラム(2009)

LinkIconパルゴッラ幼稚園&図書館の新築プロジェクト(2010)

LinkIcon僻地・農村地域の学校における水供給と衛生概念向上支援~子どもの健康改善に向けて~(2010)

LinkIconおが屑の有効利用を通したモラトゥワ市・ボルゴダ湖の自然環境保全(2010)

LinkIcon水質の改善、水資源の有効利用を通した地域開発プロジェクト(2010)

LinkIconアプカスを通した直接支援スキーム「おんこ基金」プロジェクト(2010)

LinkIconスリランカと日本を結ぶアートクラフト開発プロジェクト(2010)

LinkIcon視覚障がい者のフットマッサージ師就職促進プロジェクト(2010)

LinkIconガルカダウェラ幼稚園新築プロジェクト(2010)

LinkIcon視覚障がい者雇用促進のためのマッサージサロンの運営(2011)

LinkIcon視力検査と視力矯正を通した子どもの健康増進と学習環境の整備(2011)

LinkIcon家庭菜園普及と農業組合および女性グループの組織強化支援(2011)

LinkIcon農業生産加工や省エネ商品の販売促進による生計向上支援活動(2011)

LinkIcon英語クラブと補講クラスの実施を通した学業支援活動(2011)

LinkIcon家畜飼育の導入による貧困削減と地域の平和促進(2012)

LinkIcon視覚障がい者雇用促進のためのマッサージサロンの運営(2012~)

LinkIcon乳牛飼育の導入と生乳販路確保による貧困削減(2013)


教育講演活動


LinkIconスリランカ・スタディツアー・コーディネート(2008)

LinkIcon北海道障害学研究会サポート活動(2008)

LinkIcon教育機関での国際協力に関する講演活動(2008)

LinkIconBOPビジネス及び社会起業に関するフィールド調査(2010)


情報の共有活動


LinkIcon現地パートナーNGO/シッダールタ チャイルド ディベロップメント ファンデーション(SCDF)